コラム:仮想通貨は本当に必要なのか?

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コラム:仮想通貨は本当に必要なのか?

私は前回の記事で、人々がプロジェクトを過大に宣伝し、お金と技術の関係をあまり理解していないことから、市場がいずれバブルを迎えるだろうという意見を擁護した。

私自身もこうした類の人間であり、ビットコインイーサリアム以外の仮想通貨を購入したことのある集団の一員でありながら、技術が実際にどのように適用されるのか、そして適用の可否については理解してはいないのだ。

仮想通貨の目的はただ一つ:報酬や罰といった経済的なインセンティブによって分散化を実現すること。経済的なインセンティブを伴わないブロックチェーンは、単に処理能力の遅い、高価なデータベースに過ぎない。

私の考えでは、企業がブロックチェーン技術を導入する理由について、二つの大きな誤解がある。

一つ目は、ブロックチェーンはお金に関する事例においてのみ、ある種独特の解決策を示してくれるということを、優秀な人々が信じていること。そして二つ目は、ブロックチェーンと仮想通貨は別々のものであり、仮想通貨がなければこの技術は利用できないというものだ。

二つの意見は単純な事実を見逃している。先に生み出されたのは、この技術なのだ。

この記事は私の個人的な意見を述べたものなので、財テクに関するアドバイスとしては受け取らないでほしい。

私も貯金を仮想通貨に投資しているから、書いてあることをすべて鵜呑みにはしないことだ。ただ、失って困るお金は、投資には回さない。また、投資する前に、そのプロジェクトについてできる限り調べる。

そして決して忘れてほしくないことは、大いなる力には、大いなる責任が伴うということだ。投資を始めるということは、自分のお金に常に責任を持つということなのだから。

管理とインフラ

では始めよう。仮想通貨は分散型技術を用いて作られており、取引や情報交換は完全に個別に、中央管理者の許可のないピアツーピア方式で行なわれる。最終的な目標は権力構造のバランスを取ることで、ブロックチェーン技術が適用されるのは二つのカテゴリーに分類される。

最初はインフラで、仮想通貨を分散型とするためには単一障害点(その一点で問題が起きると、システム全体に影響を及ぼす部分)を取り除く必要がある。

そして単一障害点をなくすためには、一つのコンピュータ、ノード、組織、または個人が全ネットワーク(もしくはハッシュパワーで、ビットコインのブロックチェーンはハッシュ値の計算量に基づき、一番長いチェーンを採用する)の51%以上を保有してはならない。

最初のチェックリストには納得できるだろう:分散型システムを持つには分散型インフラが必要で、最適の例はピアツーピア方式の仮想通貨なのだ。

注目すべき二つ目のカテゴリーは、私が以前何度か指摘したが、管理の問題だ。これは利用者がネットワーク上で決定を下す能力とも言える。それは許可が必要なのか? 全員が発言できているか? 投票権が強いのは誰だ?

もしすべての意思決定プロセスが一握りのグループによって決められているのなら、インフラがどのように分散化されているかは問題ではない。

分散型技術を本当にビジネスに組み入れたいなら、分散型インフラと分散型の意思決定手段が必要だ。ネットワークのあらゆる利用者が、ネットワークの所有者にならなければならない。

最大の例はビットコインだが、ネットワークパワーの分散化という点において、プルーフ・オブ・ワークが最も効率の良い、包括的手段とは言えない。それでもなお、これまで作られた中ではビットコインは最高の実用的な分散型プロトコルだ。

アイオタのDAGやイオスカルダノのDPoSといったアイデアもお金を公平に分散するということに関しては、より優れているのかもしれないが、まだ構想段階で実用には至っていない。それゆえに私はビットコインにのみ注目している。

一方、イーサリアムは現在も、創設者のヴィタリックを中心とした古株達に大きく依存している。悪いことではないが、全体的な意思決定という点においては分散化しているとは言えないだろう。

力はトークンによって示されるということを理解することも大切だ。創設者がトークンの大半を売却するか捨て去るなら、それは真の意味で管理が分散化されたと言えるだろう。

トークンを放棄することによって、創設者もネットワークの所有者、あるいは影響力の巨大なアドレスという立場から降りることになるのだから。

ネットワーク

ブロックチェーン・ジニ・インデックスは、ネットワークが中央集権型なのか分散型なのかをより正確に測るのに、きわめて興味深い技術だ。これによってお金(力)の再分配の仕方と、誰が何を所有しているのかが測定できる。

ビットコインやすべての仮想通貨市場は、最も富める者である1%が、残りの99%に等しい資産を握っているという現在の状況を変えられるのだろうか?

それはあり得ない話ではないだろう。

インフラと管理が分散化されても、ごく一部のアドレスと一握りの顧客が大量のビットコインを所有している限り、当然それは長く険しい道のりだ。

もちろん、この技術を開発、採用した初期の人々は、何年も前にビットコインを購入して支援してきたのだから、リスクに見合った報酬を手にするのは当たり前だろう。それならば、彼らはそれを使う方法を考えなければならないはずだ。

さもなければビットコインを持っていたところで意味はない。だからより多くのビットコインがアドレスを変え、時の経過とともにパワーバランスがゆっくりと移り変わっていくことに期待したい。

ビットコインを大量所有しているアドレスが何年も使われていなかったり、多くの資金が失われたまま忘れ去られてしまうことなど、考慮すべき問題は他にもある。

記事全体に目を通し、これをよいツールとして、実際には分散化されていない仮想通貨も存在することへの理解を深めてほしい。

すべてを分散化する

私にとって、これは諸刃の剣だ。哲学的な観点からすると、ディスカッションの授業に持ち込んだことはないものの、分散化が我々に意味するものを理解するのは重要なことだろう。

確かにそれは人々に力を与えるが、コストの面ではどうなのだろうか?

理解はしやすいのだろうか? どんな恩恵があるのか? 他に何があるのか? 人々は本当に中央集権型システムをピアツーピア方式に変えたがっているのだろうか?

普通は二つの観点から決断を下す。

  1. 価値
  2. 個人的な利益

この順番は私の場合であり、違うという人もいるだろう。重要なのは、どういう立場にしても最終的には、どのようにして個人的な利益をもたらしてくれるのかということを、常に考えているだろうということである。

技術面からすると、ピアツーピア方式のシステムがなぜ求められているのかを理解すれば納得できるだろう。

アンドレアス・アントノプロス(ビットコインの信奉者)のビデオを引っ張り出すだけで、数ある理由の中で、なぜ我々が分散化を必死に求めているのかが、はっきりとわかるはずだ。

しかし社会的な面から考えると、その恩恵が様々なコストを上回っていると本当に言えるのだろうか?

つまり、もし先進国で暮らしているのであれば、なぜ仮想通貨を使う必要があるのだろうか? 理解するのにイライラし、間違ってばかりで、取引の履歴、秘密鍵、アカウントを保存しておかなければならないし、困ったことに、失ったものは戻らない。

お金は永遠に帰ってこないのだ。このシステムは本当に有用なのだろうか?

銀行などに依存してはいられないということは理解できるが、そんなにコストがかかっているだろうか?

法定通貨を仮想通貨に変えるということは、我々が自分の頭で考え、自分の決断、資産、そして人生全般に責任を持つということだ。少なくとも今のところは、リセットボタンはない。社会と大多数の人々は、そうした責任を背負って生きる準備ができているのだろうか?

受け入れられるかどうかは、仮想通貨を使う人々次第

そこが肝心な所なのだ。ビットコインや他の仮想通貨を投資目的で利用するのであれば、その程度で終わってしまうだろう。

インターネットは本来、人々が自由に情報交換や取引を行ない、欲しいものを伝え、仮に誰かのかよわい勘定を傷つけようとも、自分の声や意見を述べられる場所のはずだった。

しかし現実はこうだ:児童ポルノ、人身売買、ドラッグ、そしてそれよりひどいものがインターネット上には溢れている。

それを止めることなど最初からできなかったのと同様、犯罪者達がビットコインを利用するのも止められないだろう。

唯一成し遂げたことと言えば、かつてのアルタビスタやネットスケープ、そして今のグーグルといった優秀な美しいインターフェースを用意し、そのような恐ろしいものをブロックしていることだ。

もちろん他の選択肢も存在する。違法行為に頼りたがる悪人はどこにでもいるものだ。コインの別の側面はどうだろうか?

金融機関にアクセスできない人々は、世界や国内の経済活動に参加することができない。厳しい独裁下にある人々には、言論の自由など存在しない。政府や銀行が暴走し、あるいは腐敗しているせいで、通貨が非常に不安定な国で生活している人々がごまんといる。

インターネットと同じように、仮想通貨にも全く同じアプローチをしてみよう。そしてブロックチェーンを基盤としたプロジェクトを作り出すのだ。

さらに慎重に規制を取り決め、投資家の利益を保護することもできる。「金融知識」や参加に必要な資本がないという理由で市場に入れない人々をゼロにするのだ。チェックボックスを作ることだってできるのだ!

なぜそこで止まるのか?

おっと、明らかに行き過ぎてしまったようだ。市場を規制したり、参加するための登録フォームを要求するために、プライベートチェーンのプロジェクトを創設することは問題ないだろう。

それこそが仮想通貨が開発された理由なのだ:自分が望むことをすることで、誰でも参加できる。

もしプロトコルのルールを守れるのなら、あなたは参加することができる。

それが気に入らない? わかった、ここで別れよう。あるいはネットワークから離れ、別の所に加わるといい。誰が気にするだろうか?我々には真の意味で選択肢があるはずだろう?

そうだ、お金やデジタル資産に責任を持つということは、本当に怖いことだ。もしそれを失ったら? 何か悪いことが起こったら? まさかハッキングされたら? あるいは詐欺に遭ってしまったら?

気休めになるだろうか:悪いことはいつか必ず起こる。

幸いなことに全部ではないが、一部は起こりうる。私は詐欺に遭い、ハッキングもされたが、そこから学んだ。あなたにもありうる話だ。私は長い間、データやファイルのバックアップをしないというひどい過ちを犯してしまっていた。

何がおかしいのかわかるだろうか?行動には結果が伴う。特に、デジタルワールドにおいては。

我々の身の回りの物、とりわけ、プライバシーやデータの分別に関して、コントロールを取り戻すのは実に困難なことだ。会社に従っているだけで特権を与えてくれるのに、なぜ生活のすべての側面を厳しく管理して、わざわざ険しい道を進むのだろうか?

仮想通貨業界は我々が注意力と行動、そして時間を実際に割けば、報いてくれる世界だ。難しいことは何もない。既存のネットワークに参加すれば、簡単に交換できるデジタル資産が手に入れられるのに、なぜそうしないのだろうか?

お金を手に入れるよりも大切なことは何か?

コストを承知で恩恵を受け入れられるなら、自分にとって、何がより重要なのかを比較することができる:第三者が我々の資産を所有、保管している場所のセキュリティの概念か? あるいは自分でセキュリティに責任を持ち、報酬を得られるシステムなのか?

どうやってそこに辿り着くのか?

個人的には、「意識と受容性」を高めるのに数十億ドルものプロジェクトは必要ない。

本当に活用できるのは良いアイデアで、それはブロックチェーンが単なるインフラとしてではなく、どのようにして管理に利用され、コミュニティのメンバー全員に分散化技術の恩恵をどのように分け与えるかといった仕組みを真に理解するというものだ。

Steem、BitClave、NEO、Binance、Coss、Kucoin、そして多くの仮想通貨がすでにそれを行なっている。

しかしもっと必要だ。製品開発に特化した、より小規模のプロジェクトが必要だ。あらゆるプラットフォームの利便性を改善する、目を見張るようなデザインの使いやすいインターフェースが必要だ。

そこらじゅうでトークンビジネスを展開できるような、経済的インセンティブとゲーム理論を熟知した人間も必要だ。仮想通貨が日常生活で利用できるようになると心から信じ、理解している、異なる分野のプロフェッショナルが必要なのだ。

何かのプロジェクトが夢物語を叶えてくれるのではなく、既存の技術やビジネスが世界を変える可能性があるからこそ、仮想通貨の魔法を広めていく必要がある。

ブロックチェーンのことは忘れよう。それは単に処理能力の遅い、高価なデータベースに過ぎない

美しきは、ビットコインとやがて現れる宝石達だ!仮想通貨を必要とする究極の理由は、世界経済に関わる人々が増えれば増えるほど、経済が活性化するという人々が増えるからなのだ。

人々がお金を使うから、会社は繁盛する。収入手段と、価値の保存、交換手段を多く持っているからこそ、人々は豊かになる。大衆が幸せになり、収入機会が増えることによって、国も栄えていくだろう。

仮想通貨を必要とする理由は単純なものなのだ。

Opinion: Do We Really Need Cryptcurrency?