ICOは資本を解放しつつある。その影響力は計り知れない。

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1913年にH.G.ウェルズは「解放された世界」を著した。この本には技術の発展について背筋の凍るような一連の予言が書かれてある。

1914年初めに出版されたこの薄い本は、戦争で飛行機が支配的な立場に立つこと、軍が適応した(あるいはしなかった)方法、そして地政学的な暗示さえも正確に言い当てている。何より驚くのは、ウェルズは間もなく一般市民に向けて上空から原子爆弾が投下されること、そしてそれがすべてを変えることも予言していることだ。

私たちは暗号通貨とトークン、そしてそれに関連した開発の将来的な可能性に取り組んでいるので、ウェルズの書物、特に彼が未来を考えていた方法は十分な検討が必要だ。

ウェルズの推理で注目すべき点は、第一次世界大戦前当時の放射能と原子構造についてまだ未発達な知識から、この科学の中に破滅的な力を持つ爆発装置が潜んでいるという考えに直接飛躍していることだ。

今思えばこれは明らかなことかもしれないが、連鎖反応がどのように起こり得るのかということを1人の物理学者が思いつくまでにウェルズの著作からさらに約20年もかかったのだ。

もちろんウェルズは細かいところは間違っていた。技術の未来を想像する人は誰でも小さなことは間違えるものだ。もっと興味深い質問は次のようなものだ。大きな変革が起こることが分かっている状況において、少なくともその将来的な変化の方向性を予測できるだろうか?

そしてさらに難しいことだが、ブロックチェーンベースのこの新しいタイプのデジタルトークンがどこに導こうとしているのか、あるいはどうなろうとしているのかが分かれば、大きなことがいつ起こるのかという洞察を得ることができるのだろうか?

私たちが知っていることは、この技術の目玉の一つであるICOがすでに私たちの目の前で社会的経済的な変革を引き起こしつつある、ということだ。この技術の支持者がトークンに対する彼らの見通しが取引と統制の新たなシステムを構築することに気付く前に、ICOが今まさに大流行となっている。

ICOの正確な本質についてはもちろん多くの議論がある。その中にはICOが法律上、有価証券の提供に相当するかどうか、という議論もあるが、これについては米国では証券取引委員会がまず第一に解釈し適用することになっている(もちろん、法的抗議と政治的情報開示に左右される)。

私は有価証券が専門の弁護士ではないのでこの質問に対しては立場をはっきりさせないでおこう。

その代わりにICOの発起人がデジタルトークンを販売することでしようとしていること、そして投資家の注意を引いたように見えるものに着目してみよう。

多くの発起人がトークンを投資ではなく価格交渉可能な事前販売される「商品」で、その所有者がシステムのサービスにアクセスできるようなユーティリティ機能を備えていると表現するだろうが、これまでのところこの考えのもっとも破壊的な側面は、ICOが資金集めの力学をどのように変化させているかという点にある。

その点に関して、この考えは比較的単純だ。誰にでも役に立つ技術を誰かが構築するとして、その人がその技術の作り出す価値が初期ユーザ(と、開発段階で株式資本を提供したいと考えている人)と共有できるような方法で事前投資したいと考えている。

リスクを伴うベンチャーが資本を利用できることは、企業の開発と新たな技術を市場にもたらす経済活動の双方に重要な制約だ。ICOは資金を利用する側と展開する側、創設者と投資家のマッチングに直接的な方法をもたらす。これは非常に画期的なことになる。

歴史は繰り返す

19世紀、工業開発のブームが始まる前、ヨーロッパと米国で長々と鉄道が敷設された。法的な形式は国によって幾分異なっていたが、資金を集める点で前進した各国は投資家の責任が限定的な株式会社の形で資金集めを行い、所有権を表す株は比較的効率的に取引できた。

もちろん、様々な鉄道マニアの間では狂気と悪い行動も広まった。そして私たちは自由な競争が安全性(初めの頃は列車でけがをしたり轢かれたりした人が多かった)や権力の集中(例:鉄道の独占と値上げ)、景気循環(金融システムを崩壊させ、より広範に有害なマクロ経済効果をもたらす可能性がある)につながるかもしれないことを学んだ。

その後の20世紀にかけて、私たちは民間部門から始まり結局は政府の支援を受けたさまざまな「ソフト」または制度的革新で応えてきた。

危険な行為は、法的損害賠償の裁定や労働組合の保護要求によって制限された。セオドア・ルーズベルト大統領の最初の独占禁止措置は、ある地域での鉄道独占に対するものだった。

中央銀行が創設されたのは、1907年の金融恐慌の直後、純粋に私的なメカニズムが深刻な恐慌の中で崩壊を防ぐことができなかったためであり、有価証券の規制が始まったのは1929年の恐慌が壊滅的な結果を招いたからである。David Moss氏が著した米連邦政府の誕生についての説得力のある本には、「When All Else Fails」(邦訳:『民の試みが失敗に帰したとき』)と適切な題が付いている。

このような背景の下ではICO、つまり株式会社、鉄道の投資会社、あるいは双方の組み合わせをどのように見るべきだろうか? まだ確実なことは言えないが、対処しようとしている問題をより明確に見ることはできる。初期段階の資本を既存のベンチャーキャピタルモデルの下で調達するのは比較的難しい(例:広い意味でのシリコンバレー、ボストン、ニューヨーク)。

他の場所に住んでいて良いアイデアを持っている人についてはどうだろうか? 十分に考慮されたリスクは甘受するが、既存の(「投資可能な」富をどれだけ持っているかに全面的に基づく)かなり時代遅れのルールの下では資格があるとみなされない投資家についてはどうだろうか? 何らかの理由でVCファンドを運用している人々の現在のウィッシュリストに載っていないアイディアを持っているとすればどうであろうか?

ベンチャーキャピタルへの参入障壁はあるように見えるがもしあるとすれば、少なくとも十分に長い期間にわたって平均すると、ベンチャーキャピタルの業界の資本収益率が非常に高いという結論を下すのはかなり簡単なことだ。これらの機会に参加できる人、つまりVCファンドに投資することができるのは誰だろうか? このコラムを読んでいる人のほとんどは該当しないだろう。

確かに、リスクを負う民主的なアプローチを可能にするICOやその派生物に至るまでには解決すべき多くの問題がある。詐欺かもしれないし、脆弱なガバナンス、あるいは単にアイディアが悪いだけかもしれない。

これまでの投資ブームでもそのような事例をたくさん見てきた。誤解のないように言っておくと、そのような新興市場の状況ではリスクのあるものすべてを失う可能性があり、償還や補償もない。

このリスクに気付いたイングランド銀行のMark Carney頭取と国際決済銀行のAgustin Carstens総裁は最近暗号通貨の論争に加わった。これにはビットコインを含むがこれに限定されない。

彼らの演説内容は全く異なっていたが、どちらも学問的に裏付けられ上手く構成された内容だった。彼らは主に、少なくとも彼らが通貨と呼んでいるものの将来に注目していた。この分野に興味のある人は演説内容のコピーを肌身離さず持ち歩くべきだ。オスカー・ワイルドが示唆したように、電車で読むには何かセンセーショナルな内容であることが重要だからだ。

あるいはH.G.ウェルズの本を読むのも良いかもしれない。

今日の資本調達に対する新しい方法の限られた未来を予測することは、1898年にラジウムの性質を聞いて「ラジウムができることはそれがすべてか?」と感想を言うことに似ている。

今思えば確かに、健康への影響や当時発見された放射性元素の意図しない結果を心配した人は全く正しくもっと注意深く耳を傾けるべきものだった。Carney氏とCarstens氏はこの点について説得力のある主張をしている。

そして、これはウェルズが核心を付いていたことだが、技術が十分に大規模に発展すると、企業の価値や誰が良い仕事に就くか(そして保持するか)を含め、社会の構造に大きな影響を与えることは避けられない。そのような影響はどれも本質的に予測するのが難しい。変更を急ぐことを望む人に忠告する。望んでいることに慎重になること。

それでも、突然の変化というものはもっとも扱いにくいものだ、と一般的に示されており、ICO(および制度上の孫)の全面的な影響が私たちに及ぶまでには時間があると考える十分な理由がある。

証券取引委員会は既存のルールの適用に慎重になるだろう – 投資家は実際に保護を必要とし、実際に超党派の支持もある。商品先物取引委員会は特定の商品をどのように取引するべきかについて介入する可能性がある。現時点では、両組織のリーダーは進展に密接かつ思慮深い注意を払っているように見える。

通常の経験的で場当たり的なやり方で、資本増強のためのより分権化された低コストの方法を規制が支えることができる道を見つけたとしても、驚くべきではない。金融界のゲートキーパーは様々なボトルネックをコントロールすることによって成果を挙げているが、今後はますますプレッシャーを受けるだろう。

何が起こっても常に景気循環を期待すべきだ。現代アメリカにおいて、繁栄とそれに続く統合、そして時には最終的なインパクトの段階を経なかった技術的変化の事例を思い付くのは困難だ。

準備できること

将来は株式資本を利用しやすくなるとしたら、その時期について何が言えるだろうか?

これは最も難しい質問だ。その時期について確言する(または賭ける)のは賢明ではない。発電、輸送、戦争の未来についてウェルズは科学の自然な成り行きを正しく見ていた。

彼は1930年代を原子理論から応用への重要な10年として挙げたが、状態の良い国の資源が一つの目的、つまりマンハッタン計画に集中すると、プロセスがどれだけスピードアップする可能性があるかについての予測は完全に失敗した。

これはICOの文脈で考えると興味深いことだが、ウェルズはまた、一国が破壊的な原子力技術を獲得すると世界のほぼすべての国が追随することになるだろう、と考えた。彼はこの点については間違っていた。

同様に、経済的および金融的革新では、いくつかの国が指導者を手本にしようと苦労であろう理由は数多くある。その理由は地元の新興財閥は典型的に現状維持を望むからだ。

結局、米国や既存のグローバルな金融システムで利害関係が少ない小規模な国を含む比較的繁栄している国では、資本を増やすためのより良い方法と、それに関連するコーポレート・ガバナンスがもたらす変化に落ち着くだろう。

そこに至る中で、プライバシーの保護に関する根本的な問題を解決する必要が出てくるだろう。取り組むべき多くの関連課題には、正確な開示のあり方、財務会計による有意義な報告が何を意味し、市場が情報をどのように入手しそれに対応するか、などがある。

私たちはおそらく、人生の各段階でどのような種類の投資ポートフォリオが推奨されているかを考え直すべきだろう。よく知られた技術分野で、そして彼らが(景気循環に乗る時間が十分にある)20代前半にいるとして、誰が認定された投資家だと目されるだろうか? 投資家は保護を必要としているが、何に対して、そもそもどのような方法で保護すればいいのだろうか?

このどれもが、ユートピアが間近に迫っているとか、生産性の伸びが上向きに近づいていることを意味するものではない。「解放された世界」の中でH.G.ウェルズは慈悲深い政府の将来について楽観的過ぎていた。私たちはその過ちを上手く回避できるかもしれない。

しかし、資本が世界中でチャンスを見つけて支援する方法は、単に変わりつつあるのではない。すでに変わってしまっているのだ。少し時間を掛けてその意味を考えてみてほしい。

Initial Coin Offerings Are Setting Capital Free. That’s Huge