暗号通貨の「部族主義」がブロックチェーンを阻害している

Translate this article into English

2018年5月最新! ▼当サイトで申込みが多い取引所

【1位】「GMOコイン」【10ヶ月連続1位!レバレッジ取引で人気!】

【2位】「bitflyer」【日本最大級取引所・人気No.1】

【3位】「ビットバンク」【セキュリティ対応No.1】

シェアする

CoinDeskが毎年開催しているConsensus会議の展開は、暗号通貨とブロックチェーンのコミュニティの構成が変化しつつあることを反映している。

2015年の開会式で500人の出席者はBitcoinの信奉者が支配的で、フィアット通貨と従来の銀行取引に取って代わるという破壊的な目標を掲げていた。しかし、Citibankがスポンサーとし多くの銀行家が出席する中では、会議は金融支配層に対するブロックチェーンの控えめな洗礼儀式の場でもあった。

それとは対照的に、先週開催された4回目の会議には104カ国から、自動車メーカーや保険会社、政府機関、そしてファーストフードチェーンといったさまざまな経済分野の関係者7,500人が参加した。

拡大は結束を犠牲にして行われてきた。この大きなテントのコミュニティは外部の者には不可解で不快に感じる内部分裂の問題に取り組んでいる。

「権限が不要な」暗号通貨の純粋主義者は、支配的立場にある企業が自分たちの地位を守る骨抜きにされたブロックチェーンモデルを作り出す技術を採用しているとして、彼らを非難している。

逆に企業側は、アーリーアダプターは考えの甘い理想主義者で彼らの考える複雑なソリューションは現実世界では役に立たない、と批判している。

さらに純粋主義者で構成される暗号通貨サブコミュニティ内部ではビットコインの別の構想を支持する人たちの間で内輪もめが起きており、その一方で、イーサリアムXRPEOSなどのいわゆる「アルトコイン」の間で激しい競争が繰り広げられている。

詐欺行為の非難と他の開発者に対する個人攻撃が「暗号通貨ツイッター」上で飛び交っている。このソーシャルメディアは今では嘲り、敵意、感情に訴える攻撃と同義語となっている。

この衝突は避けられないものだ。また開発者らに自分たちのコードの改良を強いる点で役にも立っている。

しかし証券取引委員会などの規制当局は暗号通貨とブロックチェーンプロジェクトに対してさらに厳しい立場を取ることを検討しており、ブロックチェーン技術の圧倒的な可能性を信じている統一戦線はブロックチェーン技術の発展のためにより前向きな法的環境を保証する可能性がある。

誰もがこの状況を受け入れようとしているわけではない。ビットコインの初期の開発で広く知られていた純粋主義者らは、暗号通貨のDNAは規制に抵抗する方向に力を注いでいる、と正しく指摘している。

「かかってこいよ」と純粋主義者は言い、ビットコイン、モネロなどの暗号通貨を、中抜きした摩擦のない経済を構築する社会的ツールとしてというよりも、主に資産の避難場所と見ている。

しかし純粋主義者は今では少数派だ。コミュニティの階級を増やしてきた人たちは一般に様々な事例で人間性の大きな可能性に着目し、理想を達成するためには政策立案者、規制機関、用心深い一般人との調整が必要だと考える傾向にある。

これらの見方の間には信頼の問題にどのように対処するかという点で大きな隔たりがある。

自由主義的な暗号通貨原理主義者は「信頼の不要な」理想を目指して努力している。これは、自分の資産を管理したり取引したりすることに第三者的な人、機関、機械、ソフトウェアプログラムによる信頼は不要とすべきだ、という考えだ。

対照的に、コミュニティの新参者の多くを含むほとんどの人は、ブロックチェーン技術を信頼を強化するものであり取って代わるものではないと見ている。

彼らの考えは、もし変更不可能なブロックチェーン台帳がお金やデータの取引記録を信頼しないという問題を打開できれば、人々は共有された真実の記録という、より信頼性のある基盤を手に入れることになり、取引を動かす「オフチェーンの」ビジネス契約書を書くのに必要とされる人間の絆をその上に構築することになる。

「信頼が不要」は不可能

私は中抜きしたビットコインの力や分散化の理想を強く信じているが、信頼の完全な不在は、少なくとも私が住んでみたい世界では達成不可能な理想論だと見ている。私は自分の個人的な財産に対するセキュリティの意識だけは決して使いたくはない銃となってほしくはない。

暗号通貨の原理主義者はこの立場を考えが甘いと思うだろう。多くの人は「信頼するな、確認しろ」という主張を信奉しているが、私はロナルド・レーガン氏のオリジナルの言葉である「検証なしに信頼するな」の方が好きだ。

成功しようとするなら信頼することは避けられない。価値を取引しようとする人が増えるにつれてもっとよい状況になる。経済はゼロサムゲームではない。

協力とネットワーク効果が組織を指数関数的に成長させるデジタル経済では、富とは作り出すものであり、奪うものではない。このようなネットワークを作り互いに富を取引する人たちにとって信頼は必要なものだ。

サプライチェーンやIoTアプリケーションのような暗号通貨以外でのブロックチェーンの利用事例の多くが成功するなら、人々や装置がデータを入力する動作可能でオフチェーンの信頼の合意を考え出す必要がある。

純粋主義者はこの「ラストマイル」問題のためそのほとんどが不可能だと主張するだろう。しかしこの問題はブロックチェーンの有無にかかわらず存在するものだ。

記録管理層を改良し、二重支払い取引の可能性を排除して、各入力データの来歴を記録した変更不可能なチェーンを作成することで、どの層も十分に信頼できるものではない場合でも現在のシナリオを一歩前進させている。

コードは法ではない

この批判と対照的なのは、ブロックチェーンが変更不可能で追加だけ可能だという性質は、誤りが見つかったら元に戻すことも可能な、従来の変更可能なデータベースでは存在しない「ガーベジ・イン/ガーベジ・アウト」問題を作り出す、ということだ。

しかし、もし取引の当事者が先行する取引を元に戻すことに自主的に同意あるいは強制されるとすると、ブロックチェーンの「ガーベジ」は事実上排除される。このことは、人間の信頼システムで最も重要なこと、つまり契約当事者に義務を負わせる法と自主規制ルールのしがらみを、適切に課する必要性を暗示している。

標準的な統治モデルと、もっとも重要なことだがそれを支援する法的枠組みがブロックチェーン技術の発展に認められることが不可欠だ(これは必ずしも法律を変えることを意味しない。ブロックチェーンモデルが機能する形で既存の法律をどのように適用するか、という明確で曖昧さのない解釈を探す方がいいこともあるだろう)。

The DAOに投資していた人は痛い目に遭いつつも法律から逃げようがないということを学んだ。この悪名高いイーサリアムベースの投資ファンドの致命的な欠陥は、The DAOのスマートコントラクトを支えるコードに不可避的なバグがあったことではなく、むしろどのような法を以ってしてもコードの機能に取って代わることはできないということを取引条件が約束していたことだった。

この取引条件の下で5000万ドルを引き出した攻撃者は、完全に合法的に行動したのであり、ソフトウェアのバグではなく機能を利用していたのだ、と主張するかもしれない。

The DAOの「コードは法だ」という硬直した見解は、投資家が懲罰を要求し、資金を回復するため議論を巻き起こしかねないフォークを実施するようイーサリアムのコア開発者を説得する場合には支持できるものではない。

ブロックチェーン技術が世界的に広く影響を与えるためには技術的な発展以上のものが必要だ。公式または非公式な支配システムを設置する社会基盤が喫緊に必要でもある。

この問題は今週のConsensus会議の出席者が注意を向けるべきものだ。

Crypto Tribalism Is Holding Back Blockchain